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引っ越し

都内の実家が地方に引っ越しになった。

いつかは地方に移ることは分かっていたが、これから都内に行く時に実家がないのは不便なものだ。きっと両親に会う頻度も減る。

 

始めからこうなると分かっていたなら、少しでも東京に近い実家のある地方に赴任になれば良かったとも思う。

 

引っ越しの準備をと言いつつも、金曜日はサークルの同期や会社の中堅社員と新橋で飲んだし、土曜日はディズニーシーに行った。帰りの飛行機を取り忘れバタバタしてしまったが、週末は充実して今に至る。

 

そう言えば、サークルの後輩にあまりに博多に根付こうとしない私を地域乖離症候群なのではないかと冗談で言った。確かにそうかも知れない。ただ仕事の関係性をベースに、親密な関係を築き上げるのは難しい。

 

博多に赴任して8ヶ月経つ今ですら友人ができないのだから、きっとこれから次の異動があるまでも出来ないだろう。

 

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補完研修

補完研修のために東京に一時的に戻って時間ができた為、再び更新。

2017年になってから車が運転できるようになったので、自分の時間が劇的に増えた。

というより、それまでの10.11.12月があまりに激務で余裕がなかったと言うべきか。

 

これは激務自慢ではないが、新製品が発売されるまでは7:50~23:00まで毎日働き詰め

だったし、休日も研修で半強制的に寮に閉じ込められていた。

 

だから休日がなかった翌日の会社のミーティングでは目のクマが酷く、充血していたために直近の上司にはよく心配されていた。11月下旬には毎週のように深夜の残業で泣いていたし、日々の業務が辛過ぎて、ボーナスを握り締めて12月はエステに週3回通っていた時代もあったがそれも今は昔の話。

電通の新入社員が自殺した問題を受けて、21時以降の残業が禁止になった。

さらに無駄な内勤業務もノルマが軽減されて、これまでの6割ほどの内勤の業務量になった。

 

12月上旬に内勤が終わらずに、深夜の職場で涙したあの時間を返せ

思いつつも、来年の新入社員が自分と同じ思いをせずに済むのであれば、

それはそれでいいのかなと思う気もする。

 

職場のなかには、これまでのそういった長時間労働の現状を人事部との面談で

「毎日20時には帰宅している。」と上司のために嘘をついてやった!

と自慢してくる人間もいる、が、私は面談があればありのままを伝えようと思う。

今の体制に疑問を持たずに仕事ができる人はある意味幸せだとつくづく思う。

 

週末には台湾に弾丸で旅行に行き、来月は山陰地方を周遊して、

GWにはイスラエルに旅行に行く。

旅行した分だけ業績を上げて、業績を上げた分だけ旅に出たい。

2017

プライベート

2017年が始まった。

久々に会うサークルの先輩方に会って、blogを楽しみにしていたよという声を頂いたので、再開することにした。会社の繁忙期も乗り越えたので、再び書いてみようと思う。

 

年末年始や三連休は、主に東京に戻ってのびのびと過ごしていた。

 

特に昨日のDAVID GUETTAの公演は最高だった。「クラブに入り浸って何をするの?」と良く聞かれるが、現実逃避以外の何のイベントでもない。露出度の高い服を着て真夜中の街を闊歩できるのも今のうち、若い間にしかできない事を凝縮したような空間だから私はクラブが好きだ。

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2017年もDAVID GUETTAのお陰でいい滑り出しでスタートを切れたので、地方都市で何とか頑張ってみようと思う。

 

今年の抱負はズバリ「東京凱旋」!

それが左遷であれ急な再編成であれ、構わないから早く東京に帰りたい。

 

地方都市では地方都市ならではの楽しみ方があるのかも知れないが、

地方都市に私を満足してくれるクラブはないし、何よりも市場が合わない。

2016年は業務量の負荷が重く、苦労に苦労を重ねた年だからこそ、今年は自分の意見を主張していきたい。そして多少強引でも自分の意志を実現させたい。

青天の霹靂

プライベート

  今まで人の死というものについてあまり考えた事が無かったが、考えざるを得ない状況に直面した。自分が頼っていた存在から頼られる存在になる、と表現するものなのか。

   人に随分と甘やかされて育ってきた分、他人にもそれを恩返ししていきたいと思ったし、それを実現させるには自分自身も健康でありたいと思った。

TOKYO⇆iran korea fukuoka

社畜日記 プライベート

お盆にイランを旅して、8月後半には韓国に上陸。そして気付けば9月に突入してしまった。

 

本配属が決まって配属の内示が発表されて思ったのは、会社に過度に期待しないようにしようという事。「サービス残業が当たり前、何れは慣れろ」の文化にも疑問だったが、会社の異動で実績のある女性が平気で更なる僻地に配属され、職場で大泣きしているのを見て、今後会社という組織に期待するのは止めようと思った。

 

ネガティヴなことばかり書くようで、気を悪くすると悪いが、いくら「女性は優遇されるから、3年頑張れば希望に沿った人事異動になる」と言われていたところで、異動内示発表で大泣きする女性を目撃してしまい、やる気が削がれた。会社は簡単に裏切るのだから、いつでも逃げられるように普段から準備しておこうと思った。所詮会社は人を駒としか思っていないのだな、と。

 

そして約2週間ぶりに東京に帰省して、気のおけない友人とメキシカン料理を囲い、シーシャを吹かせ、君の名は。を見たり、ELETOKYOで夜を過ごしたりと大変充実した。今まで福岡でひとりぼっちで過ごしていた数日が嘘のようだった。

 

確かに一人旅や日々の自分1人の時間は欠かせないけれども、それは日常的に気の知れた深い付き合いの人々が居てこそ楽しめるのだと再確認した。やはり東京に戻りたい。出来るだけ早く。

 

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FUKUOKA→TOKYO

プライベート 社畜日記

九州で一人暮らしを始めて1週間を経過して、あっという間にお盆になり東京に帰省した。

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まず会ったのは高校の同級生2人で、地理的に疎遠になってもこういう場合に駆けつけてくれるので本当に有難い。

 

九州の家は一人暮らしに充分な広さではあるが、1週間は慣れない一人暮らしと新しい外部環境に翻弄されて、自分1人の事で頭がいっぱいだった。

 

ただ変わらないのは、会社に対する帰属意識よりも、会社の報酬に見合っただけの労働をしようという考え方だけ。定年後再雇用者に「3年後のキャリアパスも考えておいた方がいいよ。」と言われて、若さを消費しに今の会社に働いているのかと思うと余計にやる気が削がれる。それにそもそも、仮に3年計画で働くとすると、実家で適当にアルバイトしていた方が今よりも可処分所得が多い。そういう事実に同期も薄々気づき始めたのか、転職を考え始める新入社員もチラホラ。

 

そんなことを頭に入れつつ、今晩からイランに行く。「1人で海外旅行なんて怖くないの?」と支店の人によく聞かれるけれど、どう考えても仕事と家の往復の生涯の方が怖いという考え方なので、これからイランに行く事は後悔していない。友人には「趣味に生きてるね」とも言われたが、本当にその通りで、趣味なしには生きられない。

研修が終わる

4ヶ月の研修が終わる日が明日来る。自由奔放に過ごしていた学生時代の生活から、門限は21時で壁の薄く、PCは持ち込み禁止、部屋にテレビなしの、プライバシーのない寮に監禁される生活に激変した。

 

就活時代に読み込んだ転職活動には「研修期間はお金がかからなくて楽しかった。」とコメントが寄せられていたが、私にとって研修期間は黒歴史のようなもので楽しいとは言えない日々だった。

 

研修期間の給料は時給換算したらアルバイト賃金よりも低いし、監禁しているのに三食食べるから体重は増える。そして平日は寮内で全ての人間関係が完結するため、視野が驚くほど狭くなる。

 

もちろん気があう友達も中にはできたが、全体的に営業職は幼稚で、PPのレーザーポインタで遊ぶ始末。それも24歳以上のはずの6年間大学卒の人達にもそれが当てはまるから驚きだ。何せ、中学校の段階で淘汰されているであろうような人格の人がここにはいる。少なくとも、高校~大学にはこのような低レベルな人間はいなかった。(愚痴はここまで)

 

平日は鬱憤が溜まっているために、週末はストレス発散にクラブに入り浸っていた日々。社会人になって、成長するどころか余計に拗らせた気さえする。

 

土曜日には福岡に飛ぶわけだけれど、研修部曰く3年経てば女の人の異動希望は通り易いらしいので、早いところ東京に帰りたい。